このトピックは、トピック「学校の庭-1」に新たな取材を加えて
財団法人 日本経済研究所の月刊誌 「日経研月報 2002年6月号」
「ドイツ環境レポート第6回」として執筆したものです。

<ビオトープ>のもくじ | 表紙ページ

 
学校の庭-2

教育大学の学校の庭を利用した小学生の環境授業
2003・02 作成

 

< もくじ >

1. ジャガイモの収穫日

2. 教育大学の学校の庭

3. クラス訪問

 

小学校の環境授業
〜 収穫したジャガイモでバーベキュー 〜

 
 日本でも総合学習や環境学習が教育の大きなテーマとなっているが、この分野でもドイツは日本の先を進んでいる。 ドイツの都市には公園などの「緑地」は比較的多いが、ビオトープなどの「自然」は以外に少なく、学校の庭は非常に重要だ。

 グーテンベルグ小学校の2年E組では近くにある教育大学の学校の庭を使って総合環境学習を行っている。ドイツの小学校における環境学習の一例と、その場を提供している教育大学の学校の庭を紹介する。

 

1. ジャガイモの収穫日

 金曜日、午前11時、曇り。カールスルーエ市グーテンベルグ小学校2年E組の生徒20人と引率の先生2人がカールスルーエ教育大学の学校の庭に徒歩でやって来た。庭に入ってきた子供たちは、さっそくそれぞれのグループが管理する小さな畑をチェック。小学校内には残念ながら畑を作れるようなスペースが無く、クラスは毎週金曜にこの庭へ来て畑仕事を中心とした環境学習を行っている。12回にわたる庭での授業も今日が最終日。春に植えた早生のジャガイモも大きくなりいよいよ収穫だ。

 クラスで使っている畑の大きさは10m×4mで、それを5つに分けてグループ毎に管理している。植えられている植物の種類は計20ほどだが、ジャガイモは黒いバケツの中に土を入れて育てている。ジャガイモの成長を見ながらだんだんと土を入れてゆき、収穫時にはバケツの中がジャガイモで一杯になる仕掛けだ。バケツをひっくり返して土の中を探ると、粒は小さいがびっくりするほどたくさんのジャガイモが出てきた。

 

授業風景

子供たちはまず、小屋のひさしの下で中休みの軽食。お昼前のおやつといった感じだが、甘いお菓子などではなく自宅から持ってきたパンや果物が中心。その後、先生の話を聞き、いよいよ作業開始。

ジャガイモの収穫

バケツをひっくり返してジャガイモを探す。バケツによってはアリが巣を作っていて「気持ち悪い〜!」。

収穫

びっくりするほどの収穫量。ジャガイモを持って記念撮影。ジャガイモは洗ってからアルミホイルで包み、バーベキュー台で焼く。

 

◆ 畑を使った総合環境学習

 ジャガイモの収穫が終ると、今度はそれを洗い、アルミ箔に包んでバーベキュー台で焼きはじめる。2時間の授業でジャガイモの収穫から調理までやってしまうのだから、実に内容が濃い。ジャガイモの収穫・水洗い・アルミホイル包み・ジャガイモにつけるサワークリーム作りまで、子供たちが自主的に仕事を分担している。『畑を素材にした環境学習』 だが、同時に『子供たちの自主性を生かした屋外学習』 であり『調理を含めた総合学習』 でもある。

 さて、ジャガイモをバーベキュー台に載せ終ると、先生のシェーファーさんが子供たちを集めて畑に植えてある植物について説明を始めた。畑の中に何種類の植物があるか、名前を言わせながら数えさせている。ただ、そうやって先生と畑を回るのはほんの数人で、あとの子供たちは木に登ってリンゴを採ったりブラックベリーの実を摘んだり池で遊んだりしている。8歳から9歳の子供たちなので、長時間勉強を続けるのはつらいようだ。遊びの中で自然を体験させることも授業の趣旨の一つなので、先生も注意したりはしない。

 ジャガイモはまだちょっと生焼けだが、授業の終りが近くなったのでいよいよ試食。自分達で作ったジャガイモの味はやっぱり格別。畑という一つの素材を利用しながら、実に様々なポイントを含んだ「総合的な環境学習」 が実践されている。

 

表1. 畑の授業で子供たちが体験したこと

自然との触れ合い 畑仕事や遊びを通して自然に親しむ。
植物・昆虫の観察 ジャガイモの植え付け・世話・収穫まで行い、植物と小動物の生の営みを観察。
リサイクル 畑から出た植物ゴミをコンポストへ。
労働と食 自分で作った物を自分で調理して食べ、労働・収穫・食という社会の仕組みを体験。
 

バーベキュー

花の勉強

 

2. 教育大学の学校の庭

 カールスルーエ教育大学の学校の庭が作られたのは1985年。現在は生物学部のレナート教授が責任者となり、教員2人と実習に加わる2クラス約40人の学生が管理運営を行っている。面積は1600平方メートルで、『畑の区画・ビオトープの区画・体験の区画』の3つに分かれている。

 

表2. 庭を構成する3つの区画

◇ 畑の区画 子供たちが使っている畑もここにある。教育大学の学生が実際に農作業を行う畑、ハーブ畑、温室、農具小屋、コンポスト、大きなひさしの下にテーブル・椅子などがある。
◇ ビオトープの区画 池と小川、草原、砂地、低木の茂み、蜂が巣を作れる土壁など、いろいろなタイプのビオトープがある。
◇ 体験の区画 素足で歩く小道、花壇、ハーブなどがあり、五感を使って自然を体験できる空間になっている。
 

ここは教育大学の学校の庭なので、普通の小中高校の学校の庭とは内容と利用目的が違っている。まず、規模が大きく、設備が整い、管理状態が良好で、植物相が多様である。ここで実習を受けた学生達は将来小中学校の先生となるので、庭の主な役割は『学生の教育』だ。

 

表3. 教育大学の学校の庭の役割

◇ 学生の実習の庭 実習を通して、学校の庭の管理・運営方法を学ぶ。
◇ 学校の庭のモデル 小中学校で学校の庭を作る時のモデルとなる。
◇ 教員研修 一般の教員が、この庭へ来て短期の研修を受けることができる。
◇ 小学生の学校の庭 小学生が学校の庭として利用し環境学習を行うこともできる。
◇ ビオトープに触れる公園 平日の日中は一般市民にも開放され、ビオトープに親しむことができる公園として利用されている。
 

 特に興味深いのは、ここが学生と子供たちのコミュニケーション空間 になっていること。次の章で触れる庭の公開日などで、学生が子供たちと一緒に活動する機会も設けられている。学生はそうした経験から学校の庭を使った教育方法について実地に学べる。『子供たちが学校の庭の中で何に興味を持つのか?』 そして『環境学習に対する子供たちの反応』 も実際に観察できるわけだ。

 また、この庭は市民にも開放され、平日9時から夕方6時まで中を散策することもできる。街には花と芝生のきれいな公園がたくさんあるが、小魚が住む池・昆虫のための花の草原などビオトープを含んだ公園となると少数だ。規模は小さいが、市民が多様な自然を学べる公園としても重要である。

 

入り口の看板

看板の絵が庭のコンセプト をよく表している。匂いをかぐ・触れる・見る・足の裏で感じる・味わうなど、人間の五感をすべて使って自然を体験することができるように作られている。

レナート教授

庭の開放日、訪問者に庭の説明をしているレナート教授。筆者も含め、庭に興味を持つ人に対して親切に対応してくれる。

ハーブの花壇

ハーブに触れたり匂いを嗅いだり、自然を体験できるのがこの庭の大きな特徴。ハーブの花壇も高く作られているので観察するのにかがむ必要がない。特に車椅子を利用する人にはありがたい。

 

◆ 庭の開放日

 2年E組がジャガイモを収穫する前週の金曜は、ちょうど教育大学の庭の開放日だった。学生がグループ毎にプロジェクトを担当し、教員と共に一般市民向けに学校の庭の活動を紹介してくれた。訪れたのは一般市民の他、学校の庭に興味を持つ教員、中学・高校の生徒、子供連れの家族など500人ほど。

 学校の庭を使った小学校低学年の環境教育は遊びが基本だが、どのように授業を組み立てていくかは先生のシェーファーさんも試行錯誤の連続だそうだ。その日になってみなければ天気はわからないし、一学期を通した細かいカリキュラムをあらかじめ立てることもできない。教育大学の学校の庭は規模も大きく、植物の種類、施設の内容も充実しているので、シェーファーさんにとっても授業のヒントがたくさん含まれている。庭の開放日の催し物は大学の教職員と学生達が準備したものだが、学校の庭でどんな授業ができるかという視点で眺めても非常に興味深い。

2年E組もいつもの時間に学校の庭に到着。今日は、特別楽しい催し物が一杯だ。
   ・リンゴジュース作り
   ・ジャガイモのスタンプ作り
   ・顕微鏡を使った花の観察
   ・ハーブの小袋作り
   ・果物の木に吊るす益虫のための巣作り
   ・ハーブ酢作り
   ・植物の名前当てクイズ、etc.

 

ジャガイモスタンプ

日本でもおなじみのジャガイモスタンプ。

リンゴジュース作り

収穫した早生のリンゴを刻み、袋に入れてこの絞り機にかける。ちょっと酸っぱめだが、夏の香りが一杯だ。

ハーブの匂い袋作り

お母さんと一緒に来ていた女の子。自分で作ったハーブの匂い袋、果物の木につるす益虫の巣などを手に大満足!!!

 

◆ 学校の庭の管理

 教育大学の学校の庭は外国からの見学者も多く、日本人グループだけでも今年計3組が訪れるそうだ。「国内より、外国からの見学者のほうが多いんだ。」と教授。なるほど、そういうものかもしれない。教授によれば、学校の庭を使った教育は旧東ドイツの方が盛んなのだそうだ。ドイツ統一前、旧東ドイツの小中学校には学校の庭の設置と授業が義務付けられていた。ドイツ統合によって教育を含めた東ドイツのシステムはすべてが否定的に考えられがちだが、こと学校の庭に関しては統合ドイツも見習うべき点がたくさんあるようだ。

 現在、バーデン・ヴュルテンブルグ州では、小学校2年から5年生のカリキュラムに学校の庭の授業を取り入れることが奨励されている。ただし、学校の庭の設置は義務ではないし、学校によっては敷地内にそのスペースが無かったりする。日本と異なり、ドイツには校庭や体育館の併設されていない学校が多い。市街地だと『広場など全く無い学校』もあるが、広々とした校庭で子供たちが走り回る風景に慣れた日本人には奇異に感じられる。校内に運動施設が無い場合は、街のスポーツセンターやプール施設などへ出かけて授業を行うことになるから、この点日本の子供たちの方が恵まれている。

 もっと多くの学校に学校の庭が設置されてもいいと思うのだが、誰が中心となり管理運営していくかが問題となり、なかなかすべての学校が設置するまでには至っていない。「問題は学校のスペース? それとも予算ですか?」とレナート教授に聞いたところ「いいえ。一番大切なポイントは学校の庭を作るときの、子供達、教職員、父母のやる気と努力。それから、学校の用務員さんの協力がとても大事。休みの期間など、用務員の協力が無ければ植物は枯れてしまうから。」。 市公園局では2年前に学校の庭のコンテストを行い、それを特集した冊子も作っている。しかし、それを頼りに学校を訪問するとすでに荒れてしまっている庭もある。積極的な先生が転勤してしまうと庭の維持に問題が出るところも多い。

 

3. クラス訪問

 ジャガイモ収穫の翌週火曜日に今学期最後の環境授業があるということで、グーテンベルグ小学校の2年E組を訪問した。30分の中休みが終ると、子供たちが勢いよく教室に帰ってくる。前の時間は図工だったようで、机の上には描きかけの絵が置いてある。

 黒板の横には週の時間割が張ってあるが、なぜか科目が書いてない。事情を聞くと、ドイツ語、算数、社会などを教員が自由に組み合わせてカリキュラムを立てているそうだ。今回のレポートのテーマである環境学習は社会科に含まれていて、通常は週に3回の授業を行う(授業1時間=45分)。水、空気、ゴミ、赤ちゃんの成長、季節の植物や動物、etc. を習うので『環境や理科を含んだ社会科』と言えそうだ。そういった具合で、環境学習や総合学習といった名目の授業があるわけではない。

 畑を使った屋外学習はちょっと特別で、金曜日の連続した3時間を使って授業を進め、必要があればもう一時間ほど教室内で授業を行っている。教室での授業も見学したが、実に様々な教科が組み合わされていることがわかる。

 

表4. 総合的な環境学習(社会科)に含まれる教科

◇ 図工 各自のノートに絵を描く。
◇ 理科 花の部位の解説図を描く。
◇ ドイツ語 作文を書く。
◇ 算数 簡単な計算。
 

 筆者も授業中にいくつか質問をさせてもらったが、子供たちはとにかく元気がよく、一つ質問をすると10人くらいが手を挙げて答えてくれる。(子供たちは計20人)

社会科でどんなことを勉強するの?
  「植物がどう育つか。どんな植物に毒があるか。花やコンポストのこと。庭のこと。植物の育て方、小鳥やトンボやナメクジや甲虫やミミズやハリネズミのこと。」
なぜ社会科が好きなの?
  「庭がとてもきれい。自然のことやたくさんの植物のことを習える。花を使って薬用クリームを作ったり、染め物にする植物を育てたり、毒のある植物のことを習うのが面白い。」
教科の中で何が一番好き?
  子供たちに手を挙げてもらった。多かった順に:
@社会科、図工  A音楽  Bドイツ語  C算数  Dスポーツ  E宗教
自宅に庭のある人?(集合住宅の庭も含まれる)
  8人
家庭でクラインガルテン(市民庭園)を借りている人?
  5人
 

グーテンベルグ小学校の校庭

建物の間にある小さな広場が校庭。日本の学校の校庭とは規模が違う。

授業風景

教室内での授業風景。一クラス22人に対して、担任と副担任の2人で対応している。

 

◆ メルヘンで膨らむイメージ

 筆者の質問が終ると、今学期最終の環境学習(社会科)が始まった。先週金曜日のジャガイモの収穫について、絵と作文を書くのが課題だ。まずシェーファーさんが、会話を通して先週金曜日にしたことを子供たちに質問する。

金曜日は庭で何をしたかな?
  「ジャガイモ!」
ジャガイモに付けるサワークリームも作ったね。
  「一つのバケツはアリだらけだった!」
他には?
  「グリルでジャガイモを焼いた!」
それから?
  「ジャガイモを収穫して食べた!」
  ある子供の質問:
「ノート2ページに大きく書いてもいいですか?」
 もちろんOK。

 そうした会話の後、子供たちはグループに分かれてノートに絵を描きはじめる。一人の子が何かを描き始めるとグループの他の子も同じような絵を描くところなど、日本もドイツもあまり変らないと妙に感心。早めに終った子のノートを見せてもらったところ、約20ページに渡って今学期行ってきた授業の内容が載っていた。面白いと思ったのは1ページ目。太陽・空・花などが色鮮やかに描かれているが、どうも学校の庭ではないようだ。シェーファーさんにそのことを尋ねたら「一番初めの授業のテーマは『学校の庭って何?』。 まず、庭を見せずに教室の中でメルヘンを読み聞かせました。その絵は、子供たちがその話の中から膨らませたイメージです。」

 

表5. ノートに沿って授業をたどる

@ 教室内でメルヘンを聞き、絵を描く。
A 学校の庭で、庭の簡単な地図と庭にあるものリストを渡す。
それを基に子供たちに庭を回らせて、プリントに記入させる。
B 庭に植える種について学習。
C 植物の苗の植え替えについて学習。
植物に必要なもの。畑仕事で使う道具の名前を調べる。
E グループ毎に大きな庭の絵を描く。
F 薬草を使った薬用クリーム作り。
G コンポストでできた肥料を畑に撒く。
H ラバーバ(酸っぱい果物)のジャム作り。リンゴジュース作り。(庭の公開日)
I ジャガイモの収穫と試食(最終ページ)
学校の庭にいく度に行ったこと
:植物の名前当て。子供たちが輪になって、後ろ手で植物(花、葉、種etc.)を触らせたり匂いをかがせたりしてのクイズ。
 

ノートの1ページ目

一番早く終わった女の子のノート。メルヘンを聞いて、そこから膨らんだイメージを描いている。

ノートを持って記念撮影

ノートを見せてくれた女の子。カメラを前にちょっと緊張気味?!

 

◆ 一番の人気は池

 

グループで描いた絵

子供たちが書いた学校の庭の絵。どのグループの絵にも池のビオトープが描かれている。池は非常に強いイメージを与えている。

池のビオトープ

水があり魚がいて昆虫がいて、池は見ているだけでも飽きることがない。教育大学の学校の庭の中で子供たちの人気No.1である。

 

 授業後、シェーファーさんとヴァルターさんにお話をうかがった。ヴァルターさんはこのクラスの担任でシェーファーさんは副担任にあたる。二人が協力してすべての授業を行うが、学校の庭の授業は主にシェーファーさんが責任を持って行っている。児童数は23人だが、庭での授業や歩いて10分ほどかかる行き帰りのことを考えると教員一人で行うのは困難だ。ジャガイモのバーベキューも、やはり教員一人ではできない内容だ。

 一方、クラスで使った畑は教育大学の庭にあるので、日々の管理の点ではシェーファーさんの負担は少なくて済む。逆に、学生がもっと積極的にシェーファーさんの授業をサポートすることも可能だと思うが、今学期は学生の特別な参加は無かった。レナート教授も、来年はぜひ実習の一つとして学生を参加させたいそうだ。

 話を聞いて面白いと思ったのは、こういった学校の庭で環境教育を受けた子供たちが、将来も環境や自然に興味を持ち続けるとは限らないということ。短期間ではなく、できることなら長期にわたり継続した自然との触れ合いが必要だということだろう。いずれにしろ、今学期2年E組の子供たちがした経験は、彼らが大人になっても大切な思い出となるはずだ。

 

◆ 取材協力:

* カールスルーエ市教育大学 学校の庭
(Paedagogische Hochschule Karlsruhe Abteilung Hochschulgarten)

    http://www.ph-karlsruhe.de/NATUR/GARTEN/

* グーテンベルグ小学校 (Gutenbergschule Karlsruhe)
     http://www.teach-online.de/dateien/hps/gutenberg-karlsruhe/

 

このページ<学校の庭-2>のトップ | <ビオトープ>のもくじ | 表紙ページ


Copyright 2003 MATSUDA,Masahiro. All rights reserved.