このトピックは財団法人 日本経済研究所の月刊誌 「日経研月報 2002年7月号」に
「ドイツ環境レポート第7回」として掲載された記事に加筆したものです。
緑のある街づくり
〜中庭コンテストで緑を楽しむ〜
ドイツの自治体は、それぞれの立地条件や歴史などを生かして特色ある街づくりを進めている。環境政策も同様で、たとえばカールスルーエ市の特徴は先進的な路面電車システムと質の高い緑地にある。路面電車のカールスルーエシステムについては本誌3月号でご紹介した。今回は、市の公園局が毎年開催している「中庭コンテスト」を通して、市の緑地政策と緑に親しむ市民の姿をレポートする。 |
<目次 > |
◆ 森の中の計画都市
ドイツ環境レポートでは、主に筆者の住むカールスルーエ市の環境の話題を取り上げているが、まだ市の紹介をしていなかった。少々遅くなったが、緑豊かな扇の街・カールスルーエ市を簡単にご紹介したい。
カールスルーエができたのは1715年だから、ドイツの中では非常に若い街といえる。もとは地方の貴族が使う狩猟用の森だったのだが、ある日公爵が「この森に放射状の街を造れ!」とのお告げを得て建設した伝えられている。「城を中心にして放射状に伸びた通りに立つと、どこからでも城の塔が見える」ような構造の街はドイツでは珍しい。その形と緑の豊かさから「緑の扇の街」と呼ばれている。
戦後に州が合併するまではバーデン州の州都だったので、市内には州政府機関も多い(現在はバーデン・ヴュルテンべルグ州。州都はシュトゥットガルト)。国政府機関としては最高裁判所と憲法裁判所(この二つは別々)があり、全国レベルの重要な法律や憲法はここで審議されるので「カールスルーエ市こそが真の首都!」という地元っ子もいる。人口は約30万。
地理的にはドイツ南西部・ライン河の東に位置し、フランス国境まで車で20分ほど、スイス国境まで車で2時間ほどである。市の上空が航空路の交差点になっていて、人口分布から見ても「西ヨーロッパのヘソ」にあたる。戦争によって街が破壊されてしまったので、残念ながら古い街並みや歴史的名所はほとんど残っていない。しかし、馬車鉄道から始まった路面電車網は130年以上の歴史を誇り、「カールスルーエモデル」として有名な都市交通システムを構築している。また、緑に恵まれた街並みを生かして、質・量とも非常に充実した緑地政策が進められている。この2点が環境に関するカールスルーエ市の大きな特徴であり、日本だけでなく世界中から多くの視察団が訪れる。
(©Stadt Karlsruhe) |
図1.1. 森の中の計画都市 カールスルーエができた当時の市街図。城の南側(写真下方)に大きな森、北側(写真上方)に市街地が広がる。 |
◆ 公園局の活動
今回のレポートでは市の緑地を管理している公園局の活動を、中庭コンテストを中心にして紹介する。公園局の職員数は約300人。そのうち設計・事務などに従事しているのが約70人で、他の約230人は公園管理や除草作業などに従事している。公園局で「同規模の自治体と比べて職員数はかなり多いのでは?」と尋ねたところ「単純な比較はできない。」との答えが返ってきた。カールスルーエ市では設計・公園管理・除草作業などかなりの部分を自ら行っているので職員数が比較的多い。自治体によっては別の部局(設計局など)が公園設計を行ったり、民間業者に任せたりしている。そういった事情で単純に比較することはできないのだが「設計・事務だけでも70人」は日本の状況と比べるとため息の出る数字である。
公園局の業務は多岐に渡るが、対象となる分野をいくつか挙げてみる。
市内の公園
学校の庭
市内の街路樹・緑地
市民庭園(クラインガルテン)
緑と公園に関する一般市民への広報・啓蒙活動
私有地の緑化に関するアドヴァイス、補助金の交付
中庭コンテスト
表1.1. 私有地の緑化に関する補助の例
資料提供:カールスルーエ市公園局
コンクリート除去 | 45 ユーロ/u |
自然石の敷石設置 | 17 ユーロ/u |
小屋・壁の除去 | 17 ユーロ/u |
子供用砂場の設置 | 300 ユーロ |
草地の整備 | 5 ユーロ/u |
高木の植樹 | 600 ユーロ/本 |
果樹の植樹 | 150 ユーロ/本 |
屋上緑化 | 75〜125 ユーロ/u |
※ 私有地の緑化に対する補助は、費用対効果を考慮し市街地中心部に限られている。
◆ 緑のネットワーク
表1.2. 緑に関するカールスルーエ市の基本データ
資料提供:カールスルーエ市、カールスルーエ市公園局
市の面積 | 17,349ha |
公園・緑地の面積 | 約800ha |
児童公園 | 約400箇所 |
表1.2. の「公園・緑地」には動物園や児童公園など大小様々な公園だけでなく、中央墓地や市民庭園(クラインガルテン)も含まれている。そういった大規模な緑地も一般市民が自由に立ち入ることのできる公園の一つとして捉えているわけだ。さすがに墓地を行楽に利用する人はいないと思うが、街の中にある緑地として価値が高いことを意味している。市街地周辺の大規模な緑地としては、他に城の北部に広がる森、駅の南部に広がる森、市街地を流れる河川沿いの緑地・公園、再開発地域の公園などが挙げられる。そういった大きい緑地を街路樹帯などで結び、市街地全体に“緑のネットワーク”を形成していくのが緑地整備の基本的なビジョンである。この緑のネットワークを形成することにより、小動物のすみかとしての緑地の価値は格段に向上するし、住民も緑を多く感じられるようになる。
写真1.2. 市街地の航空写真 城の北部と駅の南部に大きな森が広がる。市街地のこれほど近くに大規模な森林が広がるのは、森の多いドイツでも非常に恵まれているといえる。 |
写真1.3.、1.2. と同区域の市街地図 緑色の区域が森・林・公園などの緑地。赤線で囲まれた区域は緑地整備予定区域。大規模な緑を核にして、緑のネットワーク構築を目指している。 |
◆ 中庭・壁面・屋上の緑化
市街地の緑の役割には様々なものがある。緑の多い空間は人が生活する上で質が高いのは当然だが、空気の浄化、都市温暖化の緩和、自動車などの騒音軽減などに大きな効果をあげている。日本では屋上緑化による屋根の傷みが問題となるが、その点ドイツではどうなのか、ある建築事務所で話を聞いたことがある。「屋上緑化は簡単。屋根に土をのせて種を撒くだけ。」というのがその建築家の意見だが、ドイツでも話はそれほど簡単ではない。友人の住む新しい環境住宅の屋上も緑化されているが、初めのころは根付きが悪くて苦労していた。次章の写真2.8.
で紹介する屋上緑地は、場所が特殊なので工事を請け負ってくれる業者を探すのに苦労したそうだ。しかし一般的に言って、ドイツの方が日本より気軽に屋上緑化が行われているし、住宅や駐車場などの屋上緑地は珍しいものではない。
写真1.4. 公共施設の屋上 この屋上緑地(地上6階の屋上)は公園局が管理しており、背の高い草のほか高さ2mほどの低木も植えられている。残念ながら自由に屋上へ立ち入ることはできない。通りの向かいに5階建ての集合住宅があるが、そちらは屋上緑化は行われていない。屋上緑化の可能な私有の建物は多いが、工事費用が普及のネックとなっている。 |
特に日本と大きく違うのは、中庭の緑化と壁面緑化の扱いである。屋上緑化は「建物の緑化」の一構成要素であり、「中庭の緑化」や「壁面緑化」と切り離して取り扱えるものではない。ドイツの住宅緑地を見ると、中庭から始まる緑地が壁面を伝わり駐車場や小屋の屋根の緑地へ、さらにそれが住宅の屋上緑地へと続いている。
公園局では私有地の緑化推進のため、毎年秋に「中庭コンテスト」開催している。2001年の中庭コンテスト審査(見学会)に同行させていただいたので、その様子を写真でご紹介したい。
◆ コンテスト参加
コンテストの正式名称「Hinterhof Wettwewerb」を直訳すると「奥庭コンテスト」。対象となるのは道路に面した庭ではなく、建物の後ろ側のスペースを利用した庭で、地表部分だけでなく壁面や屋上など立体的なスペース全体が審査の対象となる。参加したのは個人住宅の他、集合住宅、レストラン、老人ホームなどで、庭の規模と利用形態によって6個のカテゴリーに分けてコンテストが行われた。市街中心地になるほどそういうスペースの経済的価値が高くなるので駐車場に利用したり住宅を建てる場合も多いが、市街中心だからこそ緑地を整備する意義も高くなる。2001年度のコンテスト応募件数は118で、そのうち事前審査で参加資格があると認められたのが30件。13人の審査員が1件1件を見学して審査を行った。
写真2.1. 中庭の例 コンテストに参加していない一般集合住宅の中庭。自転車置き場やゴミコンテナ置き場に使われている。これだけ緑があるのは恵まれた方で、コンクリートとアスファルトで覆われた駐車場として利用されることも多い。路面のタイルを親水性のものに変える、花壇などを作って雰囲気を明るくする、ベンチを置いて住民が憩えるスペースを作るなどすれば、十分コンテストに応募できる。 |
写真2.2. 郊外の元農家 40年代までは羊や豚などを飼う農家だった。物置場として使われていたスペースに花壇を作って花を植え、ベンチを置き、小屋の上にテラスを造った(写真の右側)。工事はすべてオーナーが自分で行った。 |
写真2.3.、2.2. のオーナー(左)と娘さん、お孫さん 日当たりのいいテラスにて。筆者が訪れたときは、一番下のお孫さんが庭の掃除をしていた。テラスの下は彼女の遊び部屋になっている。テラスを含めてかかった費用は百数十万円。 |
写真2.4. 歴史的建造物の中庭 1874年に建てられた元貴族の住宅。現在は地方紙のオーナーが所有。フランスやイタリアの石像、インドの家具、小さな噴水(写真)など、豪華さはコンテスト参加者中No.1。住宅2階に通じるラセン階段のツタが涼しげ。材料の購入費(彫像類は除く)は数十万円。 |
写真2.5.、2.4. のオーナーと娘さん この庭は蝶々と小鳥の多さが印象的だった。以前はコンクリート敷きの駐車場だったが、緑が少なかったし、子供の遊び場が欲しいとの思いで作り直したそうだ。オーナーが偉いのは、自分でコツコツと工事したこと。しかし、20キロ以上あるコンクリートブロックを積み上げる作業などで腰を痛めてしまったそうだ。写真を撮った数日後に入院して手術すると言っていたが、趣味もここまでくればあっぱれ。 |
写真2.6. 市街地にある集合住宅の中庭 この集合住宅には5家族(大人9人・子供10人)が住み、庭は住人が共同で管理している。本当は芝生敷きの庭にしたいそうだが、たくさんの子供が遊ぶので植えても長持ちしないそうだ。また、四方を壁に囲まれているので日当たりもよくない。しかし、壁や住宅のほとんど全面にツタがからんでいて、雰囲気がとてもいい。 |
写真2.7. 写真2.6. の庭にて ハンモックで遊ぶ子供たち。児童公園のような整った遊具はないが、子供たちにとっては庭にあるすべてが遊び場。きれいな花壇はないし見た目はちょっと雑然としていているが、自然に近い雰囲気の庭にしている。 |
写真2.9. 写真2.8. の住宅表側 建物の正面入り口を出ると、そこはすぐ道路。表側からは建物の裏側に緑豊かな屋上緑地があるとは想像もつかない。写真には5つの独立した集合住宅が写っているが、建物同士の壁面が接しているし高さや形に統一性があるので、1件の建物にも見える。市街地の住宅はほとんどがこのような集合住宅である。 |
写真2.10. 写真2.8. のオーナーと猫のマックス この屋上緑地は全部マックスの縄張り。ここでご馳走になったコーヒーの味は格別だった。自然豊かな田舎で生まれ育ったオーナーは、街に移り住んでも緑が欲しかったのだそうだ。屋上緑地の基礎工事は業者に任せたが、その他の作業はオーナーが自分で行った。ここまでやる情熱に脱帽。 |
◆ 審査
写真2.11. 審査員一同 市議会議員、住宅所有者協会の代表、市の都市計画局長、市の公園局長(コンテスト主催者)などが審査員を務めた。ちなみに、この庭は日本(風)庭園。中央の大きな池で錦鯉を飼っている。庭を一目見ただけで非常に費用をかけていることがわかるが、審査のポイントは豪華さでは無い。「人のぬくもり」や「住人の汗と涙」の感じられる庭が高評価を得ていたようだ。 |
このコンテストはがむしゃらに頑張って優勝を狙うというものではなく、参加者が庭作りをする上で励みにする気楽なものだ。1位から3位までの順位はつくが、カテゴリーによっては参加2件などということもあるし趣味と遊びの延長である。審査員に配られた冊子には、エントリーしている30の中庭それぞれについて、簡単な見取り図とチェックリストが載っている。
表2.1. チェックリスト
1 | 2 | 3 | 4 | 備考 | |
中庭の状況 | |||||
以前に比べてどのように改善されたか? | |||||
空間的な機能 | |||||
家屋と中庭の組み合わせ | |||||
ゴミ置き場、自転車置き場、コンポスト洗濯物干し場などとして
有効に使われているか? |
|||||
庭の緑化状況 | |||||
樹木、低木、ツタ類、草地 | |||||
改善後に何を植えたか? | |||||
植物の選定は庭に合っているか? | |||||
屋上緑化 | |||||
空き地(子供の遊び場、通路など)と緑地のバランス | |||||
素材の選定と使い方 | |||||
家屋や塀の壁の素材 | |||||
庭の敷石、杭、ツタをはわせる柵などの素材 | |||||
中庭の利用状況 | |||||
畑、遊び場、テーブル、池、バーベキュー用スペース | |||||
屋根のある簡単な休憩所、照明 | |||||
大家以外の住人も利用できるか? | |||||
子供の遊び場として適しているか?(砂場、ブランコなど) | |||||
評価 : 1・最良、2・良、3・改善の余地あり、4・問題あり |
中庭の立地条件や利用方法、住人の嗜好は様々だから「このように利用すべき!」という答えがあるわけではない。例えば、小さな子供がいる建物ならば遊び場が充実している方がいいし、老人が多ければ日中ゆっくり花を観賞できる庭がいいかもしれない。また、集合住宅の場合は大家だけでなく他の住民も自由に中庭を楽しむことができるかが大切なポイント。大家と住人が共同で中庭を管理している場合は審査員の評価も高くなるようだ。
庭で使用する素材は必ずしも100%自然のものでなければならないわけではない。例えば自転車置き場の地面は、滑りにくく水はけのいい親水性コンクリートブロックがいいかもしれない。建物や中庭とのバランスでプラスチックの杭や柵が適していることもある。中庭は自転車置き場の他、洗濯物干し場やゴミ箱置き場に使われることもあるから、そういうスペースが機能的・美的に配置されていることも大切である。個々の状況に合っていること、緑が豊富で住人が気軽に楽しめることが重要だ。
見学会の翌日行われた審査会は本来非公開なのだが、特別に同席させていただくことができた。表2.1. のチェックリストには1から4までの評価項目があるが、これはあくまで目安でありこの数字で順位を決めるわけではない。審査員の多くが「これはいい!」と思う庭は共通していることが多く、議論になることはあまり無かったようだ。ちなみに、ここで紹介した4件の中庭はいずれも上位に入賞していた。
◆ 25年の歴史
カールスルーエ市の中庭コンテストが始まったのは1977年。当時、住宅地の環境は産業成長に伴って悪化が進み、都市気候や緑地などに大きな問題を抱えていた。市と公園局が直接改善できる公共用地だけでなく、私有地の緑化をどのようにしたら促進することができるのか。中庭コンテストは私有地の大きなポテンシャルに注目して生まれたものである。同様のコンテストを始めた自治体はいくつかあるが、コンテストには人手と費用がかかるので長く続いているところは少ないそうだ。
25年間で計23回行われたコンテストの応募件数は延べ2472(事前審査にパスしたのはその4分の1)。一つ一つの中庭の規模は小さくても、集計すれば市街地全体に大きな影響を与えているはずだ。公園局長シュミット氏から話をうかがっていて面白いと思ったのは、コンテストの「雪ダルマ効果」。隣の家、あるいは知人宅の中庭がきれいになれば、それをきっかけとして自分の家の中庭を魅力的にしようと思う人が出てくるはずである。中庭を所有・利用している人々の自覚とやる気を高めるのも、このコンテストの大きな目的である。
写真2.2. から2.10. まで参加者の中庭をいくつか紹介したが、いずれの住人も素敵な笑顔をしているのが印象的だった。土いじりを楽しむ、庭作りを楽しむ、家族のだんらんを大切にする、そして何より生活を楽しむ。物質的な豊かさではなく、自分の工夫・努力・アイデアで「快適さの質」を高めていく。中庭コンテストを通して、ドイツ人の庭作りに対するそんな姿勢を見た気がする。
* カールスルーエ市公園局(Stadt Karlsruhe Gartenbauamt)
http://www.karlsruhe.de/Stadt/Ver/gba.htm
* カールスルーエ市(Stadt Karlsruhe)
http://www.karlsruhe.de/
* 中庭コンテスト参加者の皆さん
< ドイツ環境情報センター(DUIZ)のメインサイト >
http://www.tiara.cc/~germany/
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