このトピックは、財団法人 日本経済研究所の月刊誌 「日経研月報 2002年8月号」に執筆した記事
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〜 開かれた村を目指して 〜
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手元のドイツ語辞書でÖkologieを調べると、「@生態学、エコロジー、生態系 A社会生態学 【ギリシャ語】」と出ている。筆者なりに「エコロジカルな暮らし」を表現すると「人間も生態系の一員であることを認識し、人間と自然環境のより良い相互関係を実現するための生き方」である。 レポートの頭から小難しい話で恐縮だが、「地球に生きる生物の一員として「こんな風に生きたい!」あるいは「こんな風に生きるべきだ!」という思いを実現させるための暮らし方」であり、さらに簡潔に表現すれば 極論すれば誰もいない山の中で自給自足するのがベストかもしれないが、ここでは普通の生活をしながらエコロジカルな暮らしを目指す人々について述べる。レポートを通して、読者の皆さんなりの「ドイツ・エコロジー住宅像」を持っていただければ幸いである。
設計事務所 P.I.A. がまとめたゲロルズエッカー・エコロジー住宅地紹介の小冊子を開くと、はじめに住宅地の基本コンセプトが書いてある。それを基に、まずコンセプト「エコロジー」の内容をまとめてみる。
◆ コンポストトイレ ゲロルズエッカー・エコロジー住宅地では、2軒の住宅がコンポストトイレを設置している。コンポストトイレは見たところ昔の汲み取り式トイレと同じだが、システムは全く異なる。タンク内のし尿は微生物によって分解され、最終的にコンポスト(肥料)として取り出せる。 コンポストトイレは様々なタイプが研究・実用化されていて、タンクの保温や機械的な撹拌によって短時間(数日程度)で完全に分解するものもあれば、生物分解だけに頼るものもある。ここで利用されているコンポストトイレは後者のタイプで、堆肥化(コンポストとして取り出せるようになるまで)は2〜3年とかなり時間がかかるが、機械部分は排気用煙突の小型モーターだけなので故障などのトラブルはほとんど無い。悪臭に不安を持つ人も多いが、正しく使えば、室内、煙突からの排気も含めて全く問題ない。 コンポストトイレはし尿だけでなく台所から出る生ゴミも処理できるし、取り出したコンポストは庭で利用可能だ。加えて、節水にも有効な理想的エコロジカル設備なのに、設置が2件のみとはずいぶん少ないように思える。 住宅地が作られた当時はまだコンポストトイレが一般的でなかったのが最も大きな理由だが、10年経った今、一般化したかと言えばそうでもない。知り合いのドイツ人にコンポストトイレのことを話したら、「何それ? うちにはちゃんと水洗トイレがあるから。」と言われたことがある。彼女の中では「コンポストトイレ=旧式の汲み取り式トイレ」のイメージがあるようだ。こういう誤ったイメージがまだ強く、また法的な規制もあるので、ドイツ全体で見ると一般家庭ではなく別荘やクラインガルテン(市民庭園)での利用が主となっている。
ゲロルズエッカー・エコロジー住宅は低エネルギー住宅(あるいは省エネルギー住宅)でもある。 ドイツ全体でみれば、消費エネルギーの源は現在も石油・天然ガス・原子力・石炭が中心だから、 現在、一般住宅を新築する場合には国が定める建築物の断熱と省エネ技術に関する規則(Energieeinsparverordnung : EnEV 2002)をクリアする必要がある。これは建築物の最低限の暖房省エネ効率を規定するものだが、改定の度に基準が強化されている。 ゲロルズエッカー・エコロジー住宅も建設当時は最先端の低エネルギー住宅であったが、技術は日進月歩であり、今の一般住宅の省エネ効率はそれより高くなっている。例えばゲロルズエッカー・エコロジー住宅が使用した窓は、当時としては最先端のものだったが、今はごく普通の住宅で使われている。こんな風に、その時代の先端をゆく低エネルギー住宅の技術は近い将来、一般住宅のスタンダードとなるものが多い。 低エネルギー住宅より省エネルギー効率を上げた住宅として、パッシブ住宅がある。こちらは太陽エネルギーの利用、地熱の利用などで、ほとんど暖房を必要としない住宅である。また、低エネルギー住宅とパッシブ住宅の間に、俗に言う「3リッター住宅」がある。これは年間に必要となる暖房エネルギー量を石油に換算し、住宅面積1u当たり石油3リットル以下で済む低エネルギー住宅のことである。 ゲロルズエッカー・エコロジー住宅の暖房エネルギー消費量は年間45〜65kWh/uである。これを石油の量に換算すれば4.5〜6.5リッターで、ガスならば4.5〜6.5立方メートルとなる。現在の低エネルギー住宅は40kWh/u程度だから、10年間でそれだけ技術が進歩したわけだ。ちなみに築30年の友人宅は300kWh/u。ドイツ全体で3リッター住宅が主流となれば、膨大な暖房エネルギーの節約になるはずだ。
ゲロルズエッカー・エコロジー住宅地が特に興味深いのは、エコロジーと共同社会という2つのコンセプトを同時に実現している点だ。 プロジェクトの初期から参加しているグートゥツァイトさんによれば、住民が目指しているのは「村のような社会」。ここで言う村とは閉鎖的で因習に縛られたネガティブなものではなく、希薄になりがちな地域住民のコミュニケーションを理想的な形で実現した多様性のある開かれた共同社会のことである。ただし、エコロジーと共同社会を同時に実現するには多大な労力が必要だし困難も大きいので、ドイツでも一般化しているわけではない。コンセプト「共同社会」の内容をまとめると以下のようになる。
◆ 設計段階からの住民参加 元々、このエコロジー住宅地の建設は80年代に大学の研究プロジェクトとして始まった。建設の道のりを簡単に示すと次のようになる。 エコロジー住宅地建設プロジェクト発足(80年代)
住宅地の完成まで、山あり谷あり、実に多くの困難に直面したそうだ。 本当は、初めからプロジェクトに参加していた人々が中心になって建設するはずだったのだが、いざ実行という段階でほとんどがプロジェクトから降りてしまった。住宅建設は多額の費用がかかる「一生の買い物」だから、実際の建設に踏み切れる人は少なかったそうだ。そこでまた参加者の募集をし直したが、これに2年近くかかったのでその間に待ちきれなくなって去った人もいる。参加者は2週間に一度集まり、建築家を囲んで住宅地全体のコンセプト練り直し、建築材料の選定、建設方法にいたるまで話し合いを続けながら建設までこぎつけた。この協会はドイツ語でGdbRと記すが、市民法にもとづく団体でありエコロジー住宅に限らず共同住宅を建てる場合よく利用される形式である。ここでは、「参加者=協会員」である。 一番大きな問題だったのがコミュニティーハウスの建設。 共同社会の中心となるコミュニティーハウス建設はプロジェクトの大きな柱だったが、建設には住宅1軒分の費用がかかる。40軒で1軒を建てるわけだから建設費の負担は決して小さいものではなく、この問題で、また多くの参加者がプロジェクトを降りた。結局、コミュニティーハウスは無事に建設されたのが、最後は床材を買う資金に困り、「資金に余裕のある人が立替えて、後で払った住民がいた」ほどの厳しさだった。コミュニティーハウスでは毎週月曜の夜に自治会が開かれるほか、住民の誕生パーティー、夏祭り、クリスマスパーティー、各種の教室などが開かれる。変哲の無い素朴なホールなのだが、住民コミュニケーションの核であり、共同社会のシンボルである。
◆ 障害者にも住みやすく 車椅子で生活するビーニックさんがこのプロジェクトに参加したのは、住宅の設計段階から住民が参加できたからだ。 例えば、地面と住宅の高低差は1m以上あるので、ビーニックさんにはエレベーターかスロープが必要である。建物の上階まで行けるエレベーターを設置できれば理想的だったが、これは予算の関係で断念し、その代わりスロープを作った。それから、住宅内は車椅子に障害となるような段差をすべて取り除き、台所・バスルームなども車椅子で使いやすいように作り、背の低い家具を備え付けるなどした。スロープについては公的な補助があり、その他にも障害者に対する補助もあるが、特注の家具などは自費で買わなければならなかった。
◆ 村の広場を囲んで この住宅地を訪れていつも感じるのは子供たちが明るく生き生きしていること。共同社会と子育てについて、グートゥツァイトさんがこんな話をしてくれた。ある日、娘さんが遊びに来ていた友達とケーキを焼くことにした。でも、材料が足りないので隣の家から卵、その隣から小麦粉、その隣からカカオ、…といった具合に集めて作った。それを見てびっくりしている友人に、娘さんは「大丈夫、みんな知り合いだから」。小さい子供のほほえましい話と思って聞いていたのだが、当時、娘さんは16歳。住宅の庭の間には柵や塀が無く、子供が自由に遊びまわれるようになっている。地域全体で子供を育てていくこうしたスタイルは、田舎は別として街の中ではほとんど見られないものだ。 また、この住宅地はセキュリティーの面でも優れている。例えば長期の旅行に出るときなど、隣近所がしっかり留守宅をチェックしていてくれる。集合住宅が大きくなればなるほど匿名性も高くなり「隣に住む人の名前も顔も知らない」などということもざらにある。また、ドイツは窃盗・空き巣等の犯罪が多く、日常生活の安全が社会的な大問題である。日常の安心感は金額には換算できない貴重な社会的財産だ。 さて、人間関係が濃密になると今度はプライバシーなどの問題などが目立ってくるもの。この住宅地でも問題はあるはずだが、そういったネガティブな面が目立たず、共同社会のポジティブな面が浮き出ているのが素晴らしい。個人主義の根強いドイツで、遠すぎず・近すぎず、快適な人間関係を保つ秘訣は何だろう? このことをビーニックさんに聞いたら「秘訣など無い。とにかく、やってみること。近すぎると思えば適当なスタンスをとればいいし、大切なのはとにかく日々新たに試してみること。」だそうである。 筆者の知り合いで、別のエコロジー住宅地に住んでいる家族がいる。その住宅地も設計段階から住民が参加して共同で建てたものだが、規模が小さく入居しているのは14世帯である。こちらの人間関係は残念ながらうまくいっていないのだが、この違いはどこから来るのだろう。 ビーニックさんによればポイントは住宅地の規模。いくらプロジェクトのコンセプトに共鳴して参加したとしても、多人数の集まりである以上、グループになじめない人が出てくるのは当然である。そういう人たちが少数いても40世帯ならば受け入れる余裕があるが、小さい住宅地の場合は組織全体が立ち行かなくなってしまう。逆に、住宅地の規模がこれより大きくなると共同社会の質が変わってくるし、「すべての住民が顔見知り」の人間関係を保つことも難しくなる。40世帯という住宅地の規模は、これらの問題をあらかじめ考慮して設定されたものである。
◆ 着実に進む省エネルギー化 今後、ドイツのエコロジー住宅はどのような方向に発展していくのだろう。 まず省エネルギー化だが、この流れはこのままさらに進んでいくはずである。ゲロルズエッカー・エコロジー住宅地の設計に携わったボーニング氏が現在参加している別のエコロジー住宅プロジェクトでは、ゴミ埋め立て処分場・生ゴミの発酵処理工場から出るメタンガスを利用した地域温水供給システムを利用することになっている。地域暖房も重要なキーワードになりそうだ。 省エネ効率をさらに高めたパッシブハウスについては、住宅市場の主流にはならないと思われる。低エネルギー住宅もそうだが、特にパッシブ住宅はエネルギー効率を極限まで高めているので伝統的なドイツの建築様式とは、見た目が大きく異なる。他の住宅との調和、住民の心理的な抵抗という点で問題がありそうだ。
◆ 太陽エネルギーの利用 他のエコロジカルな視点についてはどうだろう。環境負荷の低い建築素材の利用、節水、屋上緑化、太陽エネルギーの利用などはさらに進んでいくはずである。省エネルギー住宅の建設様式の基本は、南向きの窓を大きくするなど太陽エネルギーを最大限に利用すること。加えて、太陽熱温水器の利用や太陽光発電も行われる。 しかし、太陽光発電の普及には大きな壁がある。2000年度からソーラー電力の売電が法律化されたので設置数が飛躍的に増加すると思われていたのだが、まだまだ高い設備価格が普及にブレーキをかけている。ソーラー電力は48セント/kWhで電力公社が買い取ることになっているが、この値段で計算しても設備の購入・設置費を得るのに25年以上かかる。ここには維持・修理費は入っていないから、結局、もとは取れない。環境保全に関心はあっても資金的に余裕の無い普通の人々をひきつけるには、経済性のハードルが高い。ゲロルズエッカー・エコロジー住宅でも太陽電池の設置を検討したのだが、ここでさえも設置費用に見合う効果は得られないということで実現しなかった。
◆ 共同社会と個人主義 共同社会のコンセプトについてはどうだろう。子育てや治安に不安の多い世の中だからこそ共同社会の価値は高いが、ボーニング氏によればごく特別なグループに限られるだろうとのこと。ドイツの個人主義は今なお強まる方向にあり、村のように濃い人間関係を持つ社会が増える兆しは無い。 また、共同社会という人間関係はデータとして扱うことが困難だし、マニュアル化することもできないから、グループごとに別個の回答を探っていかなければならない。それには、多大な労力が必要だし、常にリスクが伴う。また、コミュニティーホールの建設が共同社会運営の成功の鍵をにぎっているが、住宅の建築費・人件費は年々上がっているわけで、資金的な余裕が必要になる。
◆ 勇気ある社会実験 エコロジーと共同社会を両方実現したゲロルズエッカー・エコロジー住宅地の経験は非常に貴重である。エコロジー住宅建設の成功の秘訣は何なのかグートゥツァイトさんに聞いたところ「やってみる勇気かな」との答えが返ってきた。実に意味深い言葉である。 住民の生活を見ていると、肩に力の入ったエコロジーではなく、日常生活の中でできることから実現させていく自然体な姿勢が気持ちいい。今は「建売のエコロジー住宅」を購入できる時代だが、ゲロルズエッカー・エコロジー住宅地では苦労を共にしてきた経験が共同社会の大きな財産になっている。住民が理想を持って住宅地を建設し、住環境を整えながら自らが運営していく。苦労も多いが得られる満足感や安心感もその分大きいということだろう。
取材協力: * ゲロルズエッカー・エコロジー住宅地の皆さん
* カールスルーエ市エネルギー局 消費者サービスセンター
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